5酸


「ったく……あいつは!」
 痛みと吐き気、その両方がおさまってきた頃、ようやく俺は、あいつに対する怒りがわきおこってきた。
 最近大人しかったから、どこかで安心していたのかもしれない。
 むしろ、俺が傍に居れば大人しくしていると、慢心していたのかもしれない。
 俺に対する怒りもわきおこってきた。
 いや、だが、そんなことにイライラしている場合じゃない。
 万が一に備えて1ヶ月くらい前に覚えといた縄抜けが役に立つとは……。
「よっし、行くか」
 俺は、せすの家の方角まで走っていった。


 すぐに戻ってきたつもりだが、せすの家には誰も居なかった。
 開かれたドアからこっそり入ってみたが、荒らされた形跡や人が争った形跡はなかった。
 靴あともなにもなかったから、せすはきちんと靴を脱いであがったようだ。
 ところで、俺のしていることは住居侵入罪とかばっちり犯罪だが、人の命がかかってるんだ、少々大目に見てもらおう。
「あいつ、どこに行ったんだ?」
 さっきは大人しいほうだったと思う。
 これまで、攻撃してくるのは狂ったほうだと思っていたんだが……。
 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。探さないと。
 まだ走ると痛むみぞおちに気を配りながら、俺は病院へと向かった。


 いやまあ、案の定といえば案の定だが、せすは戻っていなかった。
 昨日の今日で抜け出してるんだ、頼むからしっかりしてくれよ病院。
 医者に、他にいそうな場所をきかれたが、そんなもの知るわけがない。むしろこっちが聞きたいくらいだ。
 ねーちゃんがどうこう言っていたから、家だと思うが、うたが家にいない以上俺には想像がつかない。
 せすには計画性がないから、会った瞬間に殴って、最悪殺してしまった場合でも、そのまま適当なところに放置するだろう。
 だから、あの家が真っ赤に染まってないということは、せすはうたに出会わなかったということになる……と思う。
 ああもう。本当にどこに行ったんだ。色々な意味で心配させんじゃねぇ、このやろう!
 俺はさきほど置いてかれた体育館に戻ることにした。


************


 とぼとぼと、たいくかんに向かう。
 ねーちゃんは今日もいなかった。おじちゃんとこかな? おじちゃんとこだろうな。
 でも、ぼくおじちゃんちの行きかた知らないし、それにおじちゃんに会いたくないな……。

 ぼくには重たい扉を開けて、中に入る。
 そうこって呼ばれるとこの中にいるはずの飛鳥に会いに。
「あれ?」
 飛鳥がいない。さっき縛っておいたのに。
 なんでいないんだろう。紐は残ってるんだけどな。あれぇ?
 気がつけば、飛鳥の傍に置いといた真っ赤な鳥もいなくなっていた。

「あーすかー?」
 両手を口の所に持っていって呼んでみる。
 ぼくの声が、ひろいひろいたいくかんに響くだけで、誰からも返事はなかった。
「あーすかー?」
 もう一度、もう一度……。
 何度も呼んでみるけど、返ってくるのは響いたぼくの声だけ。
「あす……か?」
 ああ、やっぱり。真っ赤にしなかったからいなくなっちゃった。
 ねーちゃんが邪魔したのかな?
 それとも、やっぱりぼくが悪い子だから、みんないなくなっちゃったのかな。
 うん、きっとそうだ。ぼくが悪い子だから、みんないなくなっちゃったんだ。とーさんもかーさんも、ねーちゃんも飛鳥も。
 空を見上げると、月もどこにもいなくって。
 やっぱり、みんなみんないなくなったんだって気づく。
 ああ。がんばったのにな。
 さんたくろすに『みんなが一緒にいてくれますように』ってお願いすればよかったのかな。
 でも、飛鳥は「欲しい『もの』は?」ってきいたんだ。だから、物を頼んだんだ。

「だれも、いない……」
 しゅわしゅわとぼくがとけていく。
 なんだろう。さびしいとかそんなんじゃない。
 みんなを真っ赤にして、ぼくのそばにおけるんなら、ぼくがいてよかったんだ。
 もしも、真っ赤に出来なかったら。
「ぼくが消えなくちゃ。ね、せす?」
 ぼくはせすとお別れした。


 そう心の中で強く思った。




続く







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