4両手を縛る


 ああ、会っちゃった。
 出来れば、会いたくなかったな。
 ああ、でも

 どっちにしろ真っ赤にしなきゃ。


「こんばんは、飛鳥」
 人生ってあんまり上手くいかないと思う。
 うん、上手くいってたら色々と痛いこととか苦しいこととかないんだと思う。
 飛鳥は大事だから、最後に真っ赤にしようと思ってたのに。
 あとで、真っ赤に真っ赤にしようと思っていたのに。

「なぁ、その鋸……」
 飛鳥が怯えている。
 怯えながらも、気丈に、ぼくの手を指差してくる。
 安心していいよ。まだ真っ赤にしないから。
「これ? さっき小鳥さんを真っ赤にしたの。すぐぼくのもとからいなくなるから……」
 にっこり笑って言ったのに、飛鳥が息をのんだ。
 あれ、ぼくなんか変なこと言った?
「ねえ飛鳥。ぼく今から行かなきゃいけないところあるんだ。そこ、どいてくれないかな?」
 まずは、ねーちゃんを真っ赤にしなきゃ。
 邪魔するねーちゃんを真っ赤にして、大好きなのも真っ赤にして、そしたら飛鳥を呼ぶんだ。
 で、飛鳥も真っ赤にしちゃえば、ぼくのそばから誰もいなくならない。

 なんて、素敵なんだろう。


 震える飛鳥の横をすり抜けて、家に向かった。
 あと数歩で家の前。あかりがついてない。ねーちゃん、寝ちゃったのかな。
「待てよ」
 ぐいっと後ろにひかれる。
 痛いなぁ。肩つかまないでよ。
 それに、まだ手が震えてるよ?
「なぁに? ぼく忙しいの。飛鳥にかまってる暇はないんだ」
「何するつもりだ」
 鋸から目を逸らしながら、ぼくに質問してくる。
 ああ、急がなくちゃいけないのに。
「ねーちゃんを真っ赤にするんだよ。はやくしないと。……ねえ、離してよ」
 彼が目を丸くする。
 ああ、月みたいだ。
 まっくらな瞳なのに、月みたいだ。
 飛鳥の目が好き。飛鳥の声が好き。優しい飛鳥が好き。
 でも、どうせ最後にはいなくなっちゃうんでしょ。だから真っ赤にしなくちゃ。
「飛鳥。じゃまだよ?」
 胸の下辺りを思いっきり蹴飛ばす。蹴られるといつも痛い場所。
 やっぱり飛鳥もむせてる。
「あはははは!」
 ああ、やっぱりそうされると、みんな苦しいんだ。
 わかったとき、涙があふれた。
 かなしくもないし、うれしくもない。何も感じないのに……

 涙があふれた。


 むせてる飛鳥をずるずる引っ張って、たいくかんまで連れて行く。
 この前飛鳥を引っ張ってって、はじめて名前を知った場所。
 運んでる途中で何度も何度も蹴った。
 だんだんぐったりとしてきたけど、大丈夫。飛鳥、強いもん。
 それに、ぼくだって大丈夫だったんだ。だから平気だよ。
「じゃあね、飛鳥。すぐ戻ってくるから、待っててね」
 飛鳥の両手を後ろ手に縛って、柱にくくりつけてから、ぼくはもう一度家のほうに向かった。

 これで邪魔は入らない。あとは――


 ねーちゃんを見つけるだけ。




続く







<< お題目次へ >>