いない、いない、どこにもいない。
おうちのなかにも、どこにもいない。
いない、いない、どこにもいない。
さっさとつかまえて、葬らないと……。
15黒い翼、黒い羽
まっくらな夜。
お友達の月も、今日はおうちにひきこもっちゃってる。
さぁ、つかまえなきゃ、葬らなきゃ。
良い事すれば、さんたくろすがプレゼントを持ってくるんだ。
だから、世寿の為に良い事をしよう。
よいことをすれば、さんたくろすは来てくれる。
それに――
「ぼくらが楽しく生きるためには、ねーちゃんはいらないよ。ね、世寿」
さぁ、つかまえて葬ろう。
ぼくは、まっくらな道を家に向かって歩き続けた。
****************
キーンコーンというチャイムが鳴って、やっと昼飯となる。
当たり前の日常が、こんなにもありがたいなんて、1年前の俺は思わなかっただろうよ。
「なぁ、新妻ー。石垣ー。アグレッシブすぎるやつが急に大人しくなったら、どう対応すればいいと思う?」
「へ?」
北風に吹かれる屋上でパンをもそもそ食いながら、2人の友人に相談する。
案の定、2人とも目を丸くしてから、新妻は悩み始め、石垣はにやりと顔を歪めた。
がしっと肩を捕まれ、にやけ笑いのまま石垣はひやかしてくる。
「あーあー。あの暴力的な彼女さんね。いやー色男は大変だねぇ」
「それ以上言ったらぶっかける。お前、いっぺんせすに会ってみろ。絶対つきあえねぇって」
さっき買った紙パックのコーヒー牛乳を石垣に向ける。石垣は、降参降参と言いながら両手を挙げたが、正直顔はまだにやけている。
そうやって俺のことをからかっているが、お前の方こそプレイボーイで有名だってことを忘れんなよ。
そんな俺らを見ながら、おずおずと新妻が手をあげる。
「えーっと、せす……さんって、鳥居さんの妹さんなんだよね」
「ああ、そうだけど」
「そっか……」
なんだかさらに新妻のテンションが下がってる……。
「おやおやー。どーしたの、にーづまちゃん。旦那さんが構ってくれなくってつまんないのかなー?」
「ちがう! 僕はにいづまじゃなくて、にいつま!!」
「あっはっはっはっ。ほんとお前の両親、新妻数夫とかなかなか面白い名前つけたよなー」
「言うなよ! それ気にしてるんだから!」
なんだかんだで、下らない話して昼休みは終了。
ああ、俺の相談内容完璧にスルーされてるよ。
仕方ない。一人で考えるか。
放課後、どことなく思いつめた様子の新妻が、俺を呼び止めた。
「あ、あのさ飛鳥」
次の言葉を言おうかどうか悩んでいるようだ。
言ってみろ、そう態度で示す。
新妻がふっきれた様に、顔をあげる。
「妹さん、豹変したんだよね?」
「そうだけど……」
「もしかしたら、二重人格かもしれないんだよね……」
「ああ」
暴力的なのが本物か、大人しいのが本物か。
二重人格かどうか確証はもてない。だが、そうとしか思えなかった。
暴力的なのが本物だろうと、大人しいのが本物だろうと、二重人格とか言っとかないと、豹変の仕方が説明つかない。
「だとしたらさ……その……あまり責めないであげて?」
頼んだから、と付け足すと、そのまま新妻は走り去っていった。
責めるなって誰を? それにどういうことだ?
疑問を残したまま、俺は教室を後にした。
今日も帰りに病院に寄る。
せすは、今日も普通の子供みたいに楽しそうに病院でのことを話してきた。
今までほとんど家にひきこもる生活だったから、この病院生活が楽しいらしい。良いことなのかどうなんだろう……。
病院からの帰り際、せすの担当医から、昨日の夜中、せすが抜け出したということを聞いた。
まさか、そんなわけないだろう……。そう思い過ごすことにした。
だが、鳥居姉妹が持っているあの恐ろしい雰囲気は、医者の一言を覚えさせとくには最適で……
「なんでお前、ここにいるんだよ……」
あまりのことに、目の前の現実が理解できない。
深夜、戯れに散歩に出かけた俺の前に現れたアイツは……
「こんばんは、飛鳥」
にこりと笑いながら、左手には赤く染まった鋸を持っていて――
夜の闇と共に現れた堕天使みたいだった……。
続く
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