11鉄


 せすが入院してから一ヶ月。街はすでにクリスマスモードに入っている。まだ、十一月後半だというのに。
 病院内もにわかに浮かれ気分が漂っていて、心なしかせすも喜んでいるようだった。
「飛鳥飛鳥! さんたくろすって知ってる?!」
「サンタクロースな。あの白ひげ生やしたじーさんだろ」
「うん! あのね、一ヵ月後にさんたくろすが来るんだって!!!」
 あくまでも言い方は直さないつもりか……。
 まあいいか。どうやら、クリスマスにはせすの元にも“さんたくろす”は来るらしい。あれ、あのじーさんって良い子のところにしか来ないんじゃなかったか……。
「良かったな。で、何頼んだんだ?」
「え? さんたくろすって、ぼくに何かくれるの?」
 急にきょとんとする。
 ――しまった。この病院ではサンタのふりしてプレゼントを贈らないのか。
「え、いや……その…………」
「あはは。だいじょーぶだよ、飛鳥。ぼくは悪い子だってちゃんとわかってるもん。さんたくろすは、ぼくには何もくれないよ」
「せす……」
 どうやら、未だに自分のことを悪い子だと思っているらしい。
 今日みたいに落ち着いてる時、何度か話をしてわかったんだが、せすに対して「悪い子だ」と姉が言い続けていたらしい。親も同じようなことを言っているとせすは言ったんだが、これもお決まりの「ねーちゃんがそう言ってた」で括られたから、確証はない。
「でも、何もいらないから、さんたくろすに会えたらいいな」
 せすは、窓の外を見ながらぽつりとつぶやく。
 自分は悪い子だから、さんたくろすに会えすらしない。そう思っているようだ。
 ったく、世話のやける。
「なぁ、せす。なんか欲しいものはあるか?」
「え?」
 なんでそんな質問になるのかわからない。
 ぼーっとした目で、そう訴えてきた。
「俺実はサンタクロースと友達なんだよな」
「本当?!」
 目を輝かせて聞き返される。ああ、ごめん。嘘です。俺、友達は人間くらいしかいません。
 だが、あまりにも哀れなせすの為に、ここは嘘をつき通させてもらおう。
 フィンランドからサンタが出張してこない子供の為に、親がつく嘘を。
「ああ。本当だ。だから、せすが欲しいもんあったら、伝えといてやるよ」
「でも、ぼく……」
「まだ、あと一ヶ月あるだろ? その間にいっぱい良い事すりゃいいんだよ」
「そっか!」
 らんらんと目を輝かせ、せすは何を貰おうか考え始める。
 ああ、罪悪感がひしひし。今年は俺んとこにサンタくるかな……。


「じゃあ、ぼくぬいぐるみがいい」
 ひとしきり考えた後、せすはそう告げた。
 こんなところに、こいつも女の子なんだなと思う。
「ぬいぐるみ?」
「うん。ねこの」
 こんぐらいの、と手で表したのはだいたいひよこサイズ。
 こ、これなら買えるかな……。
「わかった。じゃあ、サンタクロースに伝えといてやろう」
「うん。ありがとう」
 にっこりと笑うせすの気持ちが沈み始めたことに、俺は気づいていなかった。


*********************


 夜。
 みんなが寝静まった頃。
 ぼくは、ひっそりと病室を抜ける。
 飛鳥にはぬいぐるみが欲しいって伝えておいた。
 でも、このぬいぐるみを手に入れるためには、良い事をしなくちゃいけない。
 だから、ぼくは世寿のために良い事をする。
 そう、良いことを。




続く







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