「………………」
正直、油断してなかったと言ったら、嘘になる。
けれど、まさか、せすが攻撃してくるとは思わなかったんだ。
14薬瓶
看護師に抑えられた後も散々暴れたせすは、今鎮静剤を投与され、両手両足を縛られておとなしくしている。時折、何を見ているのか、ひとり言をこぼして。
俺の方は、頭がそうとう馬鹿になるだろうなと思うほど、何度も頭を殴られていたらしい。しかし、その後の検査で異常の出ない俺って素晴らしいと思う。
いや、そういう話じゃないんだ。
先ほどから遥か遠くを見ているせすの横に座り、一人思考をめぐらせる。
親には、コケて頭を打ったと医者に説明してもらっている。正直、心配かけさせたくない。それに、せすの傍を離れろと言われるだろうから。
こんなに散々な目にあっているのに、どうしても俺はこいつから離れられない。
こんなやつ、さっさと他のやつに任せてしまえばいいのに……。
まぁ、あれだ。捨て犬を見つけちまった時、どうするかっていう気持ちに似ているな。
……なんか思い出しそうな気がするけど、気にしないでおこう。
しかし、あの時朦朧としていたが、二つ疑問点が残っている。
ひとつは、せすが誰かと話していたこと。きちんと確認できていないが、まわりに俺以外、他に人はいなかった(動物の死体はいっぱいあったらしい)。
もうひとつは、せす自身が「せすがごめんね」と言ったこと。あいつは、まるで他人事のように言っていた。
違和感程度だし、朦朧としていたから聞き間違えただけかもしれないが……。
「す…………あ、す………」
「え?」
前を向くと、思考に没頭していた俺にせすが声をかけていた。
顔だけを無理矢理俺のほうに向けて。
「……なんだ?」
あいつが話しやすいように、立ち上がり、せすの顔をのぞきこむ。
「ごめ…………なさ……」
あいつは、ぽろぽろとまた涙をこぼして謝る。
本当にさっきのバイオレンスさはなんだったんだ。
「はずし……て…………いえ……かえりた……」
悲痛に、ぽろぽろと泣く、せすの涙が……
……止まった。
「せす?」
「ねぇ、飛鳥外してこれ」
ぞくっときた。
この悪寒には覚えがある。
こいつんち行ったとき、うたと会ったときのあの悪寒。
「ねー、家帰りたいんだ。外してよ」
けたけたとやかましく笑うせすに、恐怖を覚える。
これだ。最初にあったせすはこいつだ。
前に感じた違和感が再来する。
二重人格とかそういうのかどうかはわからないが、ここには明らかに違う「せす」がいる。
「ねーねー」
「だ、黙れ!」
声が裏返った。
一瞬せすはきょとんとした顔になったが、何かに気づき、またけたけたと笑う。
壊れた時計のように。
「あ、あっははは。怖いんでしょ、ぼくが」
ぐりんと目玉が俺の方を向く。光を失った漆黒の瞳。
「お前誰だよ」
「ぼくはせすだよ?」
「違う!」
ぬけぬけと言い放つそれに、俺は噛み付くように叫ぶ。
「違くないよ。ぼくはせす。あの子も世寿。ぼくらは二人で世寿なんだ」
けたけたけたとまた笑い始める。
ホラー映画なんかとは違う。現実味のあるわけのわからない恐怖が襲ってくる。
「ねぇ、ぼくは世寿の為に今からしなきゃいけないことがあるんだ。君に危害は加えないからさぁ……外してよ、これ」
「駄目だ」
「外してよ外して外して外して外せ外せ外せ外せ外せはずせはずせはずせハズセハズセハズセハズセハズセ……」
外せ外せと連呼される。
無機質な目のままで。
「……っ!」
ビーとナースコールを鳴らす。
正直、二人っきりで居るのが耐えられなかった。
かけつけてきた看護師らに、また何か打たれたようだ。
おとなしくなったせすの横に、薬瓶がごろりと転がった。
続く
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