2口から血


 くらいくらい部屋の中、ひとり目がさめた。
 たったひとつの明かり取りの窓。そのカーテンを開けた。
「つき……」
 月はすき。
 ぼくの昔からのお友達。
 ぼくが言うひとことひとことをきちんときいてくれるから。
 もうひとりの友達が、このうさぎのぬいぐるみ。
 前にねーちゃんにバラバラにされたのを、少しずつぬいあわせてる最中。
 ちょっと不恰好になっちゃったけど、この子もずーっとぼくと一緒にいてくれた大切なお友達。
 このふたりとねーちゃんは絶対傷つけちゃいけないんだ。うん。
 たいせつ、ってそういうことだよね。

 ぼんやりと考えていたかったんだけど、ぐーっていうおなかの音と一緒に、空腹がおそってきた。
「なんか、ごはんたべなきゃ……」
 うさぎをつれて一緒に階下へ降りる。
 えーっと、三時だしもう寝てるよね。
 泥棒のようにそーっとそーっと歩いて、冷蔵庫をあける。たぶん、何かはいって……

「え?」
 一瞬何がおこったかわからなかった。
 ガラスの割れる音、飛び散るキムチ、足の痛み。
 その三つがようやく現実となって、ぼくのもとに届く。
「……あ…………あああ」
 ねーちゃんに怒られる怒られる怒られる!!!
 どうしよう、こんな大きな音立てて、ねーちゃん起きちゃったよね。
 ま、まず片付けないと!
 左足から流れる血も気にせず、キムチをかきあつめる。
 特有のにおいがキッチンに充満する。
 どうしようどうしようどうしよう……。

 パチン

 突然の光の洪水に目がくらんだ。
 後ろをふり向くと、ねーちゃんがいた。
「ねーちゃ……」
 おふとんを軽快に叩くような音が、すごく近くで聞こえた。
 状況もわからないまま、後ろに倒れる。キムチとガラスのもとへ……。
「何やってるの? 今、深夜よ?」
 とてもやさしい声色で、とてもやさしい顔で、ねーちゃんは転がってるぼくをふみつけてくる。
「ご近所さんに迷惑よね。家の人にも迷惑よね。ね、世寿。何やってるの?」
 さっきはたかれた左頬が痛い。背中にささった欠片が痛い。さっき切った左足がじくじく痛んだ。
「あ、あの……ごはん」
「食べなくてもいいじゃない」
「でも、おなかすい……」
「世寿、ご飯いらないでしょう?」
「うん……」
 そうだ、ねーちゃんが食べなくていいって言ってるなら、食べなくていいんだ。
 ぼくはご飯を食べなくていい。
「わかったなら、さっさと片付けなさい」
「うん……」
 ああ、臭い。と言いながら、ねーちゃんは自分の部屋に戻っていった。
 背中に刺さった欠片をとって、キムチを燃えるごみにいれて、ガラスは新聞紙くるんで燃えないごみ。
 キムチ臭いけど、お風呂は迷惑になるから入っちゃだめだよね。
 着替えてもう一度寝よう。

 キムチのにおいに混じって、口の中に広がる鉄の味は、あえて無視しておいた。
 体中が痛いけど、きっと大丈夫。
 だって、今までも大丈夫だったから…………。
 だから、きっと、大丈夫。




続く






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