「ちょ、ちょっと待て! 話せばわかる!」
「えー。待つのぉ?」
「ああ待てちょっと待て頼むから待て話せば」
 一息で言い切ろうとした俺をさえぎるかのように、あいつはあれを落とした。
「うん。やっぱ、待ちたくないな」
 そう、花瓶を。


10鈍器


 まぶしい……。
 ただ、そう思った。
 そう思った途端、頭に鈍い痛みが広がり、すこしずつ意識がはっきりしてきた。
「あ、目ぇさめた?」
「………………」
 にこにこと微笑むソイツを見て、現在の状況が理解できるなんて俺の頭は結構優秀らしい。
 また両手を縛られて……はいないようだが、妙に体がだるい。頭部に手を当ててみてわかった。あー、やっぱり、血が流れっぱなしだったみたいだ。額に乾いた血がこびりついていた。手当てくらいしとけよ。俺が死んだらどうするつもりだったんだ、コイツ。
「おはよー」
「……おはよう」
 へらへら笑いながらアイツが近寄ってきた。
 とりあえず返答をしておく。
 返事をしないと、こいつは何をしでかすかわからないからな。
 確か前回は燃やされかけたっけ。しかも、すっげー平凡な理由の為だけに。
 目の前のやつの螺子の外れ具合は、まだ未知数だが、確実に十数本外れてるだろうことはわかってる。
「で、今回は何の用だよ」
 軽くアイツをねめつける。
 びくともせずに、へらへら笑いながら近寄ってきた。
 まったく。この前みたく花が咲き誇るかのような笑顔でもしてみろってんだ。少しは許す気になるから。
 ……いや、それもなんかおかしいぞ、俺。
「あのねー、今回はねぇ。クリスマスパーティーにご招待?」
 いや、聞かれても困るんだが……。
「でね。ねーちゃんが誘ってこいって言ったんだけど、どうするー?」
「……拒否権はあるのか?」
「うん。ぼくはどっちだっていいもん」
 あー、こいつの一人称は「ぼく」だったっけか。なんか初めて聞いたぞ。しかも、今日もだぼだぼの上着を着やがって。下はズボンだし。お前は男なのか女なのかはっきりしてくれ。
 長年こいつとはご近所さんだが、未だにわからないことだらけだ。てか、わけのわかんねーやつをわけわかんねーなりに信用してた俺って一体。
「あー……じゃあ、拒否で」
「うんわかった。そうねーちゃんに伝えとくね」
 そういうとドアを開けて、外に出て行こうとする。つーか、それを聞くだけなら、鈍器で殴んな。
 追いかけようと立ち上がろうとして、貧血でふらりときた。あー、一人で帰るの無理だな。

「待て」
 少しむしゃくしゃして、案外低い声が出た。
「ん、なーに?」
 くるりと振り返るやつは、どうやら機嫌がいい様子。ものは試しだ言ってみるか。
「傷の手当は?」
「え? 何で?」
 きょとん、と目を丸くする。なんでってこっちが聞きたいっつーの。
「真っ赤ってさぁ、きれいだとおもうけどなー」
 ふにゃふにゃ笑う。
 すごくきれいだよ、と何度も何度もくり返してくる。
 だが、それに流されてる場合でもない。
「いや、綺麗云々より俺が困る。むしろ救急車呼べ救急車」
「えー」
「お前がやったとかそういうことは言わないどいてやるから」
「むー。別にそんなのどうでもいいもん……」
 アイツはしぶしぶ携帯を投げてよこす。ってこれ俺の携帯か? これ、どうするつもりだったんだ?!
 119に電話して、ここまで迎えに……ってここはどこだ?
「おい、ここってどこだ?」
「ここ? どこだろうねー」
 無駄だったか。
 周りを見回しても、ドアがあるだけで、窓は1つもない。
 前回と同じところなら見当はつくんだが、前回とは場所が違ったみたいだ。
「近くに、何があるんだ?」
「なんだろうねー」
 ダメだ本気で埒が明かない。
 だるい体をずるずる引きずって、ドアから外に出る。あー、軽く目がかすんでるな。

 …………………………。

 なるほど。
「すみません、救急で、花瓶が落ちてきて頭から出血しまして、ちょっと動けなくって……万葉高校の体育館に……はい、携帯で番号は……」
 俺、本当に頭から出血したんだよなっていうくらいはっきりと喋った。
 救急車を回すからその場を動くなといわれて数分後、一台の救急車が到着した。
 来るまでの間、あいつはやけに静かだった。
 関係ないからとアイツは救急車に乗らず、俺一人だけ病院に行った。
 結局、そんなたいした怪我ではなかったけれど。
 なんつーか、アイツ本当に何がしたかったんだ?



 数日後、それはまた突然現れた。
 野球の帰りなのか、バットを片手に持って。

「………よう」
 今日は殴られないだろうな、そう恐る恐る声をかける。
 しかし、反応がない。
 むしろ俯いたまま、何を言いたいのか口をもごもごさせている。
「………て」
「…………え?」
「なぐらせて」
 いや、何言ってんだこいつ。ちょっと待て、おかしいだろ。
「ダメなの。むしゃくしゃするの。殴りたいの殴っちゃダメなの」
「は? いやお前何言って……って、今度はなんだ、撲殺か?!」
 だんだんとアイツの落ち着きがなくなっていく。金属バットを往来でぶんぶん振り回しながら、俺に近づいてくる。
 今近づいたら、確実に殺される。
「みんな勝手なんだもん。ぼくが悪いんじゃないんだもん。ねーちゃんが勝手なんだもん。きみも勝手なんだもん。ぼくが悪いんじゃ……」
 ごろん、とバットが転がり落ちる。
 と、同時にアイツもその場にしゃがみこむ。
 赤ん坊のように泣きながら、ただただ悪くないとつぶやく。
 正直、こんなのにかまってられないと思ったが、ここは往来。さっきから、人の目が痛い。
「あー、なんかわからねーけど、とりあえず来い」
 仕方ないから、近くにある俺んちまで連れてく。なんつーか、人さらいのような気分になってきた。はぁ。

 ぎゃあぎゃあ泣き喚くこいつを横目に、俺はこの後どうするか真剣に考えた。




続く







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